次世代光センサーへの招待
近年のCCDやCMOSデバイスの技術革新により、デジタルカメラやスキャナーなど、様々な光センサーが身近なものとなってきた。PETを含めた放射線計測も例外でなく、高感度光センサーの開発は時代が求める最先端のニーズである。素粒子・宇宙・原子核の分野を問わず最も良く使われるのが光電子増倍管(PMT)で微弱な信号を100万倍にも増幅するが、嵩張ることや1000Vを超える高電圧を要する点、さらに強磁場では動作しないなど、使用上の制約も多い。近年、コンパクトな光検出器としてフォトダイオード(PD)も広く利用されている。PDは半導体のため素子が薄く、可視波長で優れた感度(PMTの約3~4倍)をもつが、微弱な光を増幅することができない。ここではPMTとPD両方の長所を兼ね備えた光センサー「アバランシェ・フォトダイオード(APD)」に着目し、動作原理や新しい放射線検出器としての可能性について紹介する。これまでAPDはファイバ受光素子として光通信の分野で用いられ、需要は小型素子に限られてきた。大面積をもつAPDは加速器や宇宙実験など、過酷な環境での応用が期待される。
光「増幅」素子:種類と構造
APDはシリコン半導体の内部に強い電場勾配を持たせることで、増幅機能を持たせた半導体素子である。光によって生成された電子・ホール対(キャリア)は素子内部で強い電場によって加速を受け、PN接合近傍の増倍領域を通過する間に多数の2次キャリアを生成する。信号自身をM倍に増幅すれば、半導体で問題となるノイズを等価的に~1/Mまで低減することができ、通常のPDよりも遥かに高いシグナル・ノイズ比(S/N)が得られる。APDの増幅率は印加電圧に依存し、降伏電圧付近では1万倍を超える大きな利得が得られる(ガイガーモード)。APDは光ファイバのデジタル受光素子として用いられることが多いが、ここでは増幅率を100倍以下に抑え、放射線計測用の「アナログ線形素子」として利用する。APD でシンチレータを読み出せば、低ノイズかつコンパクトなガンマ線検出器が実現できるほか、APD自身をX線や荷電粒子の検出器として用いることもできる。我々は浜松ホトニクス社と共同で、2種類の“放射線計測用”大面積APDの開発に取り組んできた。X線など直接検出に用いるAPDはリーチスルー型(図2左)と呼ばれ、電場の強い(~30V/ミクロン)増幅領域の手前に、ドリフト領域と呼ばれる厚い(100ミクロン以上)空乏層をもつ。ドリフト領域は透過力の強いX線を電子とホールに変換する場所であり、ここで生じたキャリアは増幅領域まで移動(ドリフト)して、一気に加速・増幅される。このAPDは300 V程度で動作し、時間応答も速いが、熱電子によるノイズを同時に増幅してしまう欠点がある。ガンマ線シンチレータの読み出しにはリバース型(図2右)が適している。リーチスルー型と対称的な構造をもち、表面から5ミクロン程度に増幅領域が存在する。透過力の強いX線の検出には向かないが、シンチレータの光は表面から数ミクロンで吸収され、すべて増幅することができる。最大のメリットは、ノイズの主成分である熱電子が増幅されない点にある。信号の増幅率を保ったまま、ノイズだけを従来の約1/100まで低減することが可能となった。
一方、近年注目を集めるMPPCは、個々のピクセルサイズを数十ミクロンまで小さくした微細なAPD素子の集合体であり、ガイガーモードで動作させる。出力はアレー全体で1チャンネルであり、個々のピクセルには光子ひとつしか入らない事が大前提となる。すなわち、全てのピクセルのアナログ和が出力され、入射した光子数の情報を与える。通常のAPDが線形素子として動作し、ゲインが100倍程度しか稼げないのに対し、MPPCは10万から100万倍の高いゲインを可能とする。その結果、1光子レベルの微弱な信号にも高いS/N を実現し、また信号出力においては最速で100ピコ秒程度の速い応答が得られる。APD, MPPCどちらもが高エネルギー素粒子実験において魅力的な素子であり、次世代光検出器として注目を集める所以である。
X線・ガンマ線検出器としての性能
ここではAPDを用いた放射線計測の実例を示し、従来の検出器と比較を行う。まず、リーチスルー型APDを用いて軟X線の直接検出を試みた。図3に放射線源(55Fe)のX線スペクトルを示す。6 keV付近の輝線構造が明確に確認できる。低エネルギー側は、従来の半導体素子では困難な0.3 keV付近までスペクトルが得られ、APDの信号増幅がノイズ軽減に極めて有効であることがわかる。さらに、同じAPDを高計数測定に利用したところ、1秒間に1億イベント(108cts/秒)ものX線を取りこぼしなく計数することができた。
続いて、リバース型APD(5mm角サイズ)をCsI(Tl)シンチレータと組みあわせ、ガンマ線検出器としての性能を評価する。図4(左)は同じサイズをもつ通常のフォトダイオード(PD)とAPDでCsI(Tl)シンチレータを読み出した 比較のスペクトル(241Am)であるが、APDのほうが遥かにエネルギー分解能に優れ、また低いエネルギー閾値を実現することが分かる。また、PMTとの比較においてはAPDの高い量子効率が優れたエネルギー分解能を実現する(図4右)。数々の長所をもつAPDであるが、克服すべき問題点も残されている。APDを冷却すると、加速されたキャリアが半導体中のフォノン(量子化された格子振動)と相互作用しにくくなり、より一層加速を受けやすくなる。これは「増幅率の温度変化」という形で現れ、精密な分光測定には安定した熱環境が求められる。宇宙実験や加速器実験など、温度コントロールが難しい環境においては増幅率の変動を積極的に補償する工夫が必要となる。我々はAPDの温度変化から増幅率の変動を計算し、印加電圧をリアルタイムで補正してゲインを保つ、新しい手法を確立した。同様な問題はMPPCの利用においても指摘されており、今後はより汎用的で簡便なシステムの構築を目指している。
APDの宇宙動作実証
APDの優れた性能は、宇宙観測の分野でも広く注目を集めている。たとえば、2013年度に打ち上げが予定されている日本の次期X線天文衛星Astro-H やヨーロッパのXEUS衛星には、X線・ガンマ線検出器の一部としてAPDの搭載が計画されている。一方で、放射線検出器としての宇宙利用は過去に前例がなく、不透明な部分も多い。そこで我々は、東京工業大学が開発する超小型衛星にAPDを搭載し、地球近傍の荷電粒子分布を調べるプロジェクトCute-1.7+APD IIを考案した(図5)。宇宙には、太陽粒子線や宇宙線など、様々な高エネルギー粒子が飛び交っているが、その多くは地球磁場によって捉えられ、地上には到達しない。地磁気に捉えられた粒子線は赤道上をドーナツ状に取り囲んで、放射線帯とよばれるベルトを形成する。最も低いベルトは南大西洋ブラジル上空付近で「南大西洋異常帯(SAA)」と呼ばれる。また、放射線ベルトが地球と接する高緯度付近では、よく知られたオーロラが観測される。SAAやオーロラ帯の粒子数は桁違いに多く、あまりの高計数のため観測そのものが難しい。とくに30keV以下の低エネルギー粒子の分布は、いまだによく測られていない。APDの高計数特性と、優れたノイズ特性を利用すれば、この過酷なミッションを世界で初めて遂行することが可能であり、同時に将来のプロジェクトにむけ、APDの宇宙耐性を確認することができる。数kgクラスの小型衛星で姿勢制御を行うことは難しく、必然的に激しい温度変化が避けられない。今回のミッションは我々が考案したゲイン自動制御を試す意味でも絶好の機会といえる。Cute1.7+APD IIプロジェクトは、東京工業大の工学部・理学部の学生約20名による共同プロジェクトであり、大きさは 10×15×20cm3、重量5 kg という超小型の衛星である(図5)。衛星バスから機器センサー、分離機構、さらには大学に設置した運用管制系に至るまで全てが学生の手作りであり、草案から完成まで約2年間を要した。本衛星は「工学バス」と「ミッション部」を別々に開発し、最後に組み合わせることで完成する。将来的にはミッション部を取り替えることで新しい衛星を次々と製作することが可能であり、宇宙工学の観点からも斬新なプロジェクトといえる。メインコンピュータとしては市販の携帯端末(PDA)を採用し、民生品を「機能レベル」で使用することで大幅なリソースの削減を図った。
2008年4月28日、Cute1.7+APD II衛星はインドのPSLV-C9ロケットにより無事に軌道に投入され、1年半を経た現在も大きなトラブルも無く地球を周回している。APDも軌道上で無事に高電圧を投入し、現在もデータを提供し続けている。図6に示すように、小型衛星では自発的な温度制御が困難で、衛星軌道上ではAPDの温度が-15℃から+5℃まで約90分(軌道周期)で変化する。このような過酷な環境下でもAPDセンサーのゲイン制御は無事働き、世界初となる宇宙動作実証を成功させることができた。APDセンサーの活躍により、これまで謎とされてきた10 keV付近の電子分布 (図7) や低エネルギー陽子の分布、また太陽活動による磁気圏の時間変化を続々と明らかにしつつあり、今後も楽しみな観測といえる。
まとめと今後
これまでの開発において、我々はAPDが様々な部分でPMTを凌駕する優れた長所を持つことを示した。一方で、APDの欠点は増幅率が100倍程度と小さく、PMTに比べてノイズの影響を受けやすいことにある。近年、ゲインのより高いMPPCをアレー化してイメージング素子として用いる試みが、世界中で始められている。我々も浜松ホトニクス社製の試作アレー素子の特性やTOF分解能の詳細な評価を始めており、良好な結果が得られつつある(図8)。しかしながら、ガイガーモードAPD素子は最初の登場から10年以上経た今でも装置としては実用化されておらず、やはり道は単調でないと言わざるを得ない。また、バイアスに対して非常に敏感であることは、APDよりもむしろ取り扱いを難しくし、多素子であればあるほど素子面積の割に有効増倍領域が狭くなることも問題といえる。しばらくはAPD, MPPCが互いに切磋琢磨して次世代PET技術の発展に重要な一石を投じていくことが期待される。
(応用物理学会「放射線」vo;.35 (2010) No.4、片岡 淳, “大面積APDアレーの開発と次世代PET技術への展望“より部分転載)
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