概要
最先端の宇宙物理実験学と、医療・産業への応用
人間の目で見える可視光に比べ、X線・ガンマ線は1000倍から100万倍もエネルギーが高く、極限状態の宇宙を探る最良のプローブとなります。しかしながらX線・ガンマ線で宇宙を“診る”高エネルギー宇宙物理学は未だ50年と歴史が浅く、現在も激しい世界的な競争が続く分野です。我々の研究室では、科学衛星(フェルミ宇宙ガンマ線望遠鏡・すざく衛星)を用いた最先端の観測により激動する宇宙の最深部を探り、一方では次期Astro-H衛星や宇宙ステーション搭載を目指した次世代光センサーの開発を行います。さらに、ここで得られた技術と知見を迅速に産業界にフィードバックすることで、さまざまな先端医療(たとえば癌の早期発見を目指したPET技術や小型ガンマ線カメラ)や放射線科学への応用と連携をはかります。学生の研究スタイルも様々で、ブラックホールや中性子星の謎に挑む学生もいれば、究極のガン発見装置や量子情報通信の実現にむけ、日夜頑張る学生もいます。色々なテーマが混在しつつも新しい検出器の開発と、それを用いた科学に対する興味は共通です。創立4年目の研究室ですが、和気藹々と楽しくやっています。
研究について
Q:どのような研究を行っているのか
A:宇宙から医療・産業にわたる様々な放射線検出器の開発と、それを用いたサイエンスが研究室のテーマです。一見ばらばらのテーマのようですが、じつはすべての研究が放射線検出器、次世代光センサーというキーワードで有機的に結びついています。狭い視野で研究するのでなく、分野を横断する多角的な研究を行うことが我々の研究室の大きな売りであり、テーマともなっています。
Q:具体的な研究内容は?
A:研究室メンバーのところにも記載しましたが、学生は大きく4つのグループに分かれ、協力しながら連携して研究をしています。実際は、打ち合わせ・検出器ゼミなどは合同で行い、またそれぞれの学生が相互乗り入れでお互いの実験を手伝ったりしていますので、あくまで表面的なグループ分けと考えてください。二つ以上に跨った仕事をしている学生も多いです。
○グループA:フェルミ衛星・すざく衛星のデータ解析
既存の衛星データを使って、純粋に高エネルギー宇宙物理の研究をします。2008年に打ち上げられたフェルミ・宇宙ガンマ線望遠鏡により、2,000 を超えるガンマ線天体が発見され、その数はさらに増加の一途をたどっています。我々の研究室はフェルミチームの正規メンバーとしてデータ解析や運用に参加し、とくに巨大ブラックホールである活動銀河核やパルサーの解析では主導的立場にあります。2009年に早稲田大学と米国NASAから共同プレス発表した「新種のガンマ線銀河」の継続観測、もっとも遠いクェーサー天体のガンマ線観測、また、未だ正体のわからない謎のガンマ線源:未同定ガンマ線天体と呼ばれます)をX線天文衛星「すざく」で追観測することで、その正体を続々と明らかにしつつあります。さらには、巨大ガンマ線ローブの発見(2010年に広島大学と記者発表)、新種のパルサー天体の発見(2012年に東工大と記者発表)など海外メディアからも注目される成果を上げつつあり、いずれもM1ないしは4年生の学生が主導して進めています。物理学会や天文学会での発表は勿論、国際会議での発表、論文化まで一貫して行ってもらいます。
○グループB:Astro-H衛星の開発
2014年に打ち上げ予定のAstro-H衛星には硬X線イメージャ(Hard X-ray Imager:HXI)と軟ガンマ線検出器(Soft Gamma-ray Detector: SGD)が搭載されます。過酷な放射線環境である宇宙環境(Low Earth Orbit)において高感度を実現するにはバックグラウンドを効率よく除去することが鍵であり、HXI, SGD ともにコンパクトで高性能な光半導体増幅検出器APD(Avalanche Photodiode) を用いたBGOシールドアクティブ・シールドを構成します。このAPDは2003年より我々の研究室が宇宙利用を目指して浜松ホトニクス社と開発してきたもので、鳥居研が開発する CALET 検出器においてもTASC検出器の読み出しに用いられます。我々は Astro-H衛星搭載のAPD素子全数の開発を行い、放射線試験や温度特性試験など、順調に開発を進めています。また、APD専用のアナログ処理回路及びデータ処理システムを開発し、衛星搭載と同じデータ処理フローを用いた性能評価までを行っています。成果は日本天文学会、日本物理学会の年会において定期的に発表を行い、論文にまとめつつあります。2014年打ち上げですから、博士に進学すると“取れたて”の最新データを解析することが可能です。
○グループC:半導体光増幅素子を用いた次世代PET開発
内部増幅機能をもつ半導体光素子はコンパクトかつ高性能、磁場に強いなど様々な特長を兼ね備えています。その用途は宇宙に限られるべきものでなく、積極的に産業界へフィードバックすれば様々な応用が期待できるに違いありません。我々の研究室では2006年よりAPDを二次元マトリックス化することでガンマ線イメージャを製作し、先端医療、とくに癌の早期発展につながるPET(Positron Emission Tomography)技術に応用してきました。具体的には、APDと微細加工シンチレータアレーを組み合わせることで、PETで究極とされる1mm以下の解像度を実現しました。一方で、APDの唯一の欠点はゲインの低さで、従来用いられてきた光電子増倍管に比べると圧倒的にノイズに弱くなります。そこで、APDをガイガーモードで使用するMPPCを用いた新たな開発を始め、薄型の2次元アレーや大面積化など、様々な応用を試みています。2012年度は薄型MPPCアレー2枚を用いたピンセット型検出器の開発を皮切りに、8chからなるMPPC-PETガントリを製作、大阪大学医学部においてマウスを用いた臨床実験や、神戸BioView 株式会社においてMRI中での動作確認を行いました。今後は次世代化に向け、より高度なPET ガントリを構築していく予定です。光センサー部分のみならず、PET専用「超高速」アナログ集積回路(LSI)の設計から装置製作まで、一貫した開発を行っています。
○グループD:革新的ガンマ線カメラの開発など
福島原発の事故でもわかるように、放射線は目に見えないため除染作業に大きな支障が生じています。もし、皆さんが普段使っているデジカメのように、ほぼリアルタイムでガンマ線の画像が取れるとしたら、危険地域をいち早く察知し、また除染の効果もスムーズに確認することができます。「ガンマ線の可視化」は、我々が放射線検出のプロとして威信をかける、緊急かつ最大の挑戦ともいえます。可視画像のようにガンマ線のイメージを取得するには、感度・解像度ともに優れた新しいセンサーが必要です。しかしながら、これまで用いられてきたセンサーはガンマ線の吸収位置情報を2次元的にしか捉えていないため、解像度が悪すぎる問題がありました。我々は、ガンマ線の吸収位置を3次元的に 1mm程度の精度で決定する新しい手法を開発し、二件の特許を出願しています。現在、JST先端計測技術プログラムの支援のもと、浜松ホトニクス社と協力して「10秒以内にガンマ線を可視化する」まさに日本のみならず世界が期待する革新的な技術開発を進めています。2013年度中には、最初の試作機が登場予定です。