光量子暗号通信

量子情報通信と光検出器

現在の暗号技術は、解読するのに膨大な計算量を必要とすることから安全とされてきました。しかし、もし量子コンピュータが完成したら、スーパーコンピュータで宇宙の年齢(137億年)ほどかかる計算でも、数分で解答が出て暗号が容易に解かれてしまうかもしれません。現在の暗号技術の安全性が疑われますが、その問題を解決するために、光を用いた量子鍵配布システムの研究が進められています。

光子検出技術は量子光学、量子通信、光子を用いた量子計算に必須な技術です。特に、通信波長帯の光子のための光子検出器は活発に研究されており、現在までにさまざまな検出器が報告されています。例えば、超伝導素子を用いた光子検出器は高速性を利点としたSuperconducting single photon detector (SSPD)と 高い光子検出効率を利点としたSuperconducting transition edge sensor (TES)があります。超伝導素子を用いる共通の利点として、暗計数率が非常に小さいという性質があります。一方で、液体ヘリウム温度(4.2 K)以下まで冷却しなければならないといった欠点があり、現時点では基礎研究の段階です。他にも周波数上方変換を行い、通信波長帯の光子を可視・近赤外帯の光子に変換して、silicon avalanche photodiode (Si APD)光子検出器で検出する方法があります。この方式は、常温で動作可能といった利点がありますが、周波数上方変換の際に背景光がSi APD光子検出器に入射することで、暗計数が増えてしまいます。光電子増倍管も以前から用いられてきた技術で、既に市販されています。しかしながら、低検出効率の問題や高電圧が必要なことが問題となってきます。上述の理由から、現在実験で広く使用されている通信波長帯用の光子検出器はInGaAs APD を用いたものです。

APD を用いて光子を検出するために、なだれ増倍によるブレークダウン利用します。光子検出のためには、APD のバイアス電圧をブレークダウン電圧以上に設定しておきます。光子入射に起因した光電子がAPD内部で発生した場合、ある確率でブレークダウンを引き起こします。これにより我々は微弱な光子を、APDを流れる大量の電流として検出できるのです。ただし、InGaAs APD の場合、暗電流が比較的大きく、そのため、常時ブレークダウン電圧以上の逆バイアス電圧を印加していると、暗電流が頻繁にAPDをブレークダウンさせてしまい、光子検出は難しくなります。そこで現状では、InGaAs APD を冷却して暗電流を減少させ、さらに、geted mode と呼ばれる手法を用いて光子検出を行っています。

Gated mode の場合、ブレークダウン電圧以下に逆バイアス電圧を保っておき、光子が到来するタイミングに合わせて、逆バイアス電圧をブレークダウン電圧以上にします。ブレークダウン電圧以上の逆バイアス電圧の印加時間が短ければ短いほど、暗電流によるブレークダウンの確率は下げられ、光子のみを効率的に検出することが可能となります。現在、この手法を用いた光子検出器がすでに市販されています。さらに、印加する逆バイアス電圧を正弦波にし、高速動作を実現する手法や、ブレークダウン電圧以上のバイアス電圧を印加する際に生じるパルス間の差を取ることで、低逆バイアス電圧を実現するといった手法が検証されています。この結果、現状、検出効率10%、動作速度1GHz 以上のInGaAs APD が実現可能となっており、量子暗号をはじめとして光学的量子情報処理・通信の研究発展に貢献しています。

図1
図1: Sub-Geiger mode InGaAs APD を用いた
暗計数率と光子検出率の関係

しかしながら、gated mode の利用には、光子の到来するタイミングをあらかじめ知っていなければなりません。量子暗号においては、他の高強度な光源や電気信号を用いて送信者と受信者の同期を取ることで、この問題を回避可能です。ただし、動作速度が増すことで、光子の到来するタイミングに合わせて光子検出器の同期を取る作業は非常に困難となってきます。また、連続光の光源から生成された光子の検出や分子・量子ドット等からの発光の時間分解などには、非同期な光子検出が重要となります。我々の研究室では、NEC筑波研究所(JST 辻野賢治 氏)と協力して、アフターパルスの軽減を目的としたInGaAs APDを用いたsub-Geiger mode動作は目指しています。APD の平均増倍率は100 ~1000 程度と押さえ、低雑音の電荷積分アンプを用いることで、APD から発生する微弱な信号を検出します。sub-Geiger mode 動作を行うことで、低アフターパルス動作と非gated mode 動作が実現可能となりました。